母乳の悩みはあったけれど、それさえも幸せな経験だった出産記。

渡邉 千穂様(神奈川県在住・28歳のとき初出産)

ただただ幸せな出産でした。

今ほど、ワーキングマザーが浸透していない時代に、実家も遠方で一人で全てやるしかない環境でした。

私自身が働く母の子だったこともあり、

悩みぬいた結果、3歳までは自分で育てようと仕事を辞める決心。 臨月まで務め、出産のために退職。

 

そして実家に帰り近くの病院で出産。 母親の知識は古すぎてあてにならず・・・(笑)

ごくごく普通でしたが、助産婦さんが良い方で出産後30分待たずに、おもむろに私の胸をはだけさせ、初乳を吸わせてくれました。 その瞬間、身体中から訳もわからない感情が溢れ出し、今思えば一瞬にして母性という名のホルモンが全身に行き渡り、動物的に身体も心も反応しました。

母子別室だったため、部屋に移されてからは酷い興奮状態で、我が子に会いたい、抱きたい想いで一睡もできずに、入院生活を過ごしました。 退院するのが待ち遠しかったです。

 

悩みもそれはそれで幸せなことだった。

産後は思うように母乳が出なくて、それでも母乳育児に私なりに拘りが強く、粉ミルクを足せと促す家族の言葉を完全に無視して、泣くたびにお乳を吸わせてました。

寝不足でフラフラでした。(笑)

当時記録をつけていたのですが、一日に20回以上抱いてお乳を含ませていたので、乳首は傷だらけで。(笑) ワセリンを塗り、消毒をして、飲ませ、またワセリンを塗りの繰り返し。 誰よりも丈夫な乳首に鍛えられました。(笑)

母乳の悩みに関しては、近くに住む叔母から、『おっぱいに母乳を残さないように!毎回飲み終わったらしぼりなさい!』とアドバイスをもらい、寝ているときはひたすら搾乳をしてみました。 アドバイスどおり、段々と乳が張るようになり、一度に飲む量も増えてきて、回数が減ってきました。 おかげで、4ヶ月くらいの娘は丸々と太って母乳を続けて良かったと思いましたね。

主人に始めから頼らなかったけれど子供と2人で孤立しないよう努めた

産後、主人にはあまり頼りませんでした。 私は育児、主人は仕事をと、完全に役割分担したので、あてにして悲しくなるような気持ちになる事はなかったです。

近くに同じくらいの赤ちゃんのいる友達を積極的に作り、子どもと二人孤立しないようにしていました。

昼間、お互いの家を行き来してお昼ご飯を一緒に食べて、ベビーカーでお散歩したり、病院の検診に一緒に行ったり、時にはお料理を持ち寄りにわかホームパーティをしたりして楽しんだり、情報交換をして乳幼児期に孤立しない工夫をとにかくして過ごしました。

 

今振り返って当時の産後の時間は私の財産。

 

今でも、娘と蜜月を過ごした思い出は私の財産です。

 

当時講演を聞きに行った柴田愛子先生から「子どもの気持ちに寄り添うだけでいい」という言葉ですっかり肩の力が抜けて、娘の成長を見守る幸せな日々に感謝しています。

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